
本稿は、日本国外で空手・武道研究に取り組む研究者および大学院修了程度の学識を備えた愛好家を読者に想定し、平成期以降(1989年以降)に日本国内で発表された空手・武道・関連諸領域の重要な学術論文・書籍を体系的に紹介する。第1稿(古典編)の続編であり、両稿あわせて「海外の空手研究者が読むべき日本の文献」のひとまずの見取り図となることを意図している。
はじめに ── なぜ「最新の日本研究」を海外に届ける必要があるのか
空手の学術研究は、21世紀に入って質・量ともに大きく変貌した。第一に、沖縄空手の世界遺産化・無形文化財化の動き(沖縄県による「沖縄空手」のユネスコ無形文化遺産登録に向けた取り組み、2017年3月の沖縄空手会館(沖縄県立、豊見城市)開館など)が、行政的・公的な研究投資を呼び込んだ。第二に、空手のオリンピック競技化(2020年東京大会での実施)が、競技スポーツとしての空手をめぐる科学的研究を大きく活性化させた。第三に、武道学・スポーツ史・身体論・沖縄学の各領域で、空手をテーマとした博士論文や査読論文が継続的に生み出されるようになった。第四に、インターネットと電子ジャーナル(J-STAGE、CiNii Research、機関リポジトリ)の整備により、過去には専門研究者しかアクセスできなかった日本語論文が、ある程度オープンに参照できるようになった。
しかしそれでもなお、海外の空手研究にとって、日本語の最新研究へのアクセスはなお容易ではない。最大の障壁は言語であり、次に文化的文脈の理解であり、さらに「どの論文・どの研究者を読めばよいか」という地図情報の欠如である。本稿は、その地図情報を提供することを目的とする。
本稿の選定方針は次のとおりである。
- 学術的水準を満たすこと:博士論文、査読付き学会誌掲載論文、主要学会誌・紀要、大学出版会・学術出版社からの単行本を中心とする。一般書のうち、研究的水準を備えたものは含めるが、興行的・神秘主義的言説は除外する。
- 時間的範囲は平成期以降を中心とするが、必要に応じて昭和末期(1980年代)の重要研究にも遡る。
- 領域横断的に選ぶ:空手史・空手思想を中心としつつ、沖縄学・武道学・スポーツ史・身体論・哲学・スポーツ健康科学・格闘技史・近代日本史・地域文化研究まで、空手研究に資すると判断したものを取り上げる。
- 海外研究者の参照可能性を重視する:J-STAGE、CiNii Research、機関リポジトリ、Google Scholar 等で abstract/本文がアクセス可能な論文を優先する。
凡例
- 書誌情報は「著者『題名』掲載誌またはシリーズ, 巻号(刊行年), pp. 頁」あるいは「著者『書名』出版社, 初版刊行年」の順で示す。
- 学術論文は、可能な限り J-STAGE または CiNii Research の DOI/論文 ID を最終稿で付記する。
- 著者の所属は、論文発表時点のものを優先する。
- 引用は原典の表記を尊重するが、新字体・現代仮名遣いに統一する場合がある。
- 流派名・人名の英語表記は、英訳稿で改めて Hepburn 式ローマ字を併記する。
第1部 空手史・空手思想史の現代的再構築
21世紀の空手史研究の最大の成果は、戦前・戦後の一次資料を学術的方法論で読み直す試みが本格化したことである。とくに早稲田大学・日本体育大学・国際武道大学・沖縄県立芸術大学・琉球大学を拠点とする研究者群が、この潮流の中核を担っている。
1. 嘉手苅徹『沖縄空手の創造と展開 ── 呼称の変遷を手がかりにして』(早稲田大学博士論文, 2017)
著者背景
嘉手苅徹(かでかる とおる)は早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で2017年7月に博士(スポーツ科学)を取得した武道史研究者。研究指導教員は寒川恒夫。沖縄剛柔流教士八段・沖縄剛柔流空手道協会常任理事・日本武道学会評議員・沖縄大学客員教授も務める実践兼研究者である。単著に『沖縄空手 「型」を探る』(沖縄タイムス社, 2022) がある。本論文は早稲田大学リポジトリで全文公開されている。
概要と構成
本論文は、沖縄から本土、そして世界へと展開していく空手の近代史を、一次資料に基づいて学術的に再構築した初の本格的博士論文として位置づけられる。論文は、(1) 19世紀後半の沖縄における唐手の制度的状況、(2) 1900年代の学校体育化、(3) 1920年代の本土移植、(4) 大日本武徳会との関係、(5) 1936年の表記統一会議、(6) 戦中・戦後の連続性と断絶、を実証的に検討する。
とくに、糸洲安恒「唐手十箇条」(1908) を学校体育化の宣言として位置づけ直す議論、1936年に琉球新報社主催で開かれた「空手座談会」(県内官吏・軍人・教育者・空手家による「唐手→空手」呼称転換の協議)の議事的経緯の復元、戦前期の本土大学唐手研究会の組織分析などは、この論文によって学術的に確立された。
海外研究者にとっての価値
第一に、本論文は英語圏の空手史研究(Patrick McCarthy, Andreas Quast, Mark Bishop, Joe Svinth, Raúl Sánchez García らの著作)と直接対話可能な、日本語側の最高水準の学術研究である。海外研究者がこれを参照することなしに空手の近代史を論じることは、もはや学術的に成立しない。
第二に、論文に付された膨大な参考文献リストは、海外研究者にとって日本語空手研究の網羅的書誌情報源として機能する。
第三に、嘉手苅の議論は、Sánchez García の Eliasian 武道社会学(『Historical Sociology of Japanese Martial Arts』Routledge, 2018)と比較研究することで、日本側の実証研究と西洋側の理論研究を結びつける橋頭堡となりうる。
参照方法
早稲田大学リポジトリ(WASEDA Research Portal)で全文 PDF が公開されている。最終稿で DOI を付記する。
2. 嘉手苅徹の関連論文群(『武道学研究』『スポーツ史研究』ほか)
嘉手苅は博士論文以外にも、日本武道学会の機関誌『武道学研究』、日本スポーツ史学会の『スポーツ史研究』などに継続的に論文を発表している。とくに以下のテーマの論文群は重要である。
- 沖縄における唐手の学校体育化過程に関する研究
- 「唐手」から「空手」への表記変更に関する歴史的検討
- 本土大学唐手研究会の組織史的研究
- 嘉納治五郎と沖縄唐手 ── 講道館演武をめぐる制度的背景
代表的な査読論文として、嘉手苅徹「近代における空手道(唐手)の型の創造に関する一考察 ── 船越義珍の著作における「型の構成」を手がかりにして」(『武道学研究』49巻2号, 2016年, pp. 121–136) がある。これらは J-STAGE 経由で多くがオープンアクセスで読める。海外研究者は、これらの論文を通じて博士論文では扱いきれなかった各論的トピックを補強できる。
3. 草原克豪『武道文化としての空手道 ── 武術・武士道の伝統とスポーツ化を考える』(芙蓉書房出版, 2019) ほか
著者背景
草原克豪(くさはら かつひで, 1941年北海道生まれ)は元文部官僚。東京大学教養学部卒業後、文部省に入省し、ユネスコ本部勤務、文部省大臣官房審議官(高等教育局担当)、生涯学習局長等を歴任。1997年から2009年まで拓殖大学副学長兼拓殖大学北海道短期大学学長、現在は拓殖大学名誉教授。2015年より公益社団法人日本空手協会会長を務める。実践空手家としての側面と、教育行政・大学経営の経験を併せ持つ希有な書き手である。
概要と構成
本書は、空手の起源論、沖縄期の発展、本土移植(とくに船越義珍と日本空手協会の系譜)、戦後の世界化、近年のオリンピック競技化までを通史的に叙述し、柔道・剣道・合気道などを含む「武道」全体のなかで空手を位置づけ直す。学術研究と一般読者向け叙述の中間的水準で、海外読者の入門書としても機能しうる。
海外研究者にとっての価値
第一に、拓殖大学唐手研究会の系譜を内在的に理解する語り手としての草原の視点は、本土大学空手史の重要な証言である。
第二に、教育行政・国際交流の現場経験を持つ草原の視座は、空手のソフトパワー論・国際展開論を考えるうえで実務的・理論的に有益である。
4. 外間哲弘『空手道歴史年表』(沖縄図書センター発行・エムティ出版発売, 2001年3月) ほか
著者背景
外間哲弘(ほかま てつひろ, 1944年生まれ)は沖縄空手道剛柔流範士十段・沖縄剛柔流拳志會総本部会長宗家・沖縄県空手博物館(1987年設立)館長を務める空手研究者・実践者・琉球歴史家・書家(雅号:峻岩)。比嘉世幸・又吉真豊らに師事し、剛柔流空手および琉球古武道の実践と並行して、沖縄空手の人物史・系譜研究において長年にわたって地道な調査を続けてきた。
概要と構成
書名のとおり、空手史の年表的整理を中心とした参照文献である。沖縄の主要師範・道場・流派・出来事を時系列で整理し、関連文献・人物への参照を付す。事典類と組み合わせて使うことで、研究の出発点として極めて有用である。
海外研究者にとっての価値
第一に、沖縄側の視座から書かれた年表であり、本土中心の叙述(船越義珍中心の物語)を相対化する基準点を提供する。
第二に、年表的整理という形式自体が、海外研究者にとって時系列的参照を容易にする。とくに沖縄方言・人名表記の確認に有用である。
5. 高宮城繁・新里勝彦・仲本政博『沖縄空手古武道事典』(柏書房, 2008)
著者背景
編者三名はいずれも沖縄出身の空手・古武道研究者および実践者。長年の沖縄県内での共同研究の成果として刊行された。
概要と構成
本事典は、現時点で日本語で利用可能な最も包括的な空手・古武道事典である。人物項目、流派項目、型項目、道場項目、用語項目、文献項目を網羅し、各項目には主要参考文献が付される。
海外研究者にとっての価値
第一に、沖縄の地域語彙・人名・流派関係の確認のための決定的レファレンスである。海外研究者がしばしば困難を覚える沖縄方言由来の用語(型名、技法名、人名)について、信頼できる読みと解説が得られる。
第二に、本書は沖縄側の研究者三名による共同編集であり、本土中心の叙述に対するバランスを提供する。沖縄の地域的視座が事典の項目選定・記述方針に貫かれている。
第三に、各項目末の参考文献は、当該トピックをさらに深掘りする際の出発点として機能する。
第2部 沖縄学・沖縄空手研究の現代的展開
沖縄空手研究は、平成期に入って沖縄県・那覇市・沖縄空手会館(県立)などの行政機関による組織的な調査研究が本格化した。これらの調査報告書は、英語圏ではほとんど参照されていないが、極めて重要な一次資料・現代研究である。
6. 沖縄県教育委員会・沖縄県文化観光スポーツ部による調査報告書群
主要報告書
- 沖縄県教育委員会編『空手道・古武道基本調査報告書』(1994年3月)、同続編 (1997年、守礼堂、沖縄県文化財調査報告書第117集)
- 沖縄県観光リゾート局編『沖縄空手交流推進事業報告書』(2005年)
- 沖縄県文化観光スポーツ部編『沖縄空手実態調査業務報告書』(令和年度各号)
- 沖縄空手ユネスコ登録推進協議会編『生活文化に息づく「沖縄空手」調査報告書』(令和4〜6年度)
概要
これらの報告書は、1994年の基本調査を皮切りに、沖縄県内の道場・師範への聞き取り調査、文書資料の発掘、写真・映像資料の収集を通じて、消えゆく沖縄空手の口承伝統を制度的に記録する事業の成果である。とくに2018年以降は沖縄空手ユネスコ登録推進協議会による学術研究連絡会の活動が、行政と研究者の協働の場として機能している。
海外研究者にとっての価値
第一に、沖縄の小流派・地方道場の系譜が体系的に記録されている点が極めて貴重である。本土中心の流派叙述では落ちてしまう小系統(小林流・松林流・少林流・松濤館系沖縄分派・上地流・沖縄剛柔流の各分派など)の実態が把握できる。
第二に、聞き取り調査は、現存する高齢師範たちの口述史 (oral history) を保存しており、それ自体が消滅しつつある一次資料である。
第三に、調査報告書は沖縄県立図書館・沖縄空手会館で閲覧可能であり、海外研究者の沖縄訪問時の必須参照資料である。
7. 沖縄空手会館・沖縄空手案内センター(OKIC)の刊行物群
機関背景
沖縄空手会館(沖縄県豊見城市字豊見城854-1、豊見城城址公園跡地内)は、沖縄県が「空手発祥の地・沖縄」を国内外に発信し、沖縄伝統空手・古武道を独自の文化遺産として保存・継承・発展させるために整備した県立施設で、2017年3月4日に開館した(「国立」ではない点に注意)。施設内には沖縄空手案内センター(Okinawa Karate Information Center, OKIC)が設置され、調査・普及・国際交流の窓口機能を担っている。
主要刊行物・発信物
- 沖縄空手会館・沖縄空手案内センター(OKIC)による展示資料・調査資料・各種パンフレット
- 沖縄県・沖縄伝統空手道振興会・沖縄空手ユネスコ登録推進協議会との連携刊行物
- 国際沖縄空手大会・沖縄空手世界大会等の記録
海外研究者にとっての価値
第一に、沖縄空手会館は沖縄県と沖縄空手界四団体(沖縄伝統空手道振興会)が共同で推進する公的拠点であり、その刊行物・展示は沖縄空手研究の現在到達点を示す。
第二に、OKIC は日本語・英語の双方で発信を行っており、海外研究者にとってのアクセスが比較的容易である。
第三に、館内資料室・閲覧室は、海外研究者の沖縄訪問時の必須参照拠点である。
8. 仲本政博・新里勝彦・東恩納盛男らによる沖縄空手系個別研究
上記事典の編者を含む沖縄空手の実践兼研究者たちは、それぞれ個別の単行本・論文を発表している。たとえば、
- 東恩納盛男(国際沖縄剛柔流空手道連盟 IOGKF 創設者)による剛柔流系研究と教則本群
- 仲本政博による松林流・小林流系の系譜研究
- 新里勝彦の戦後沖縄空手史にかかわる論考
これらは、第1稿(古典編)で挙げた長嶺将真『史実と伝統を守る沖縄の空手道』(1975) を含めた戦後沖縄側の自己叙述の系譜に位置づくものであり、本土中心の空手史叙述を相対化する重要な参照点を提供する。
第3部 武道学・武道史としての位置づけ
空手研究は、より広い日本武道学・武道史の文脈に位置づけられて初めて学術的厚みを獲得する。平成期以降、日本武道学会を中心に、武道全般の歴史・思想・教育・社会的位置づけをめぐる研究が大きく発展した。
9. 笠尾恭二『中国武術史大観』(福昌堂, 1994 / 増訂版: 国書刊行会, 2019)
著者背景
笠尾恭二(かさお きょうじ)は武術史研究者・実践者。中国武術と日本武道の双方を主題とする希有な研究者である。他に『秘伝剣術極意刀術―対談 日本剣術と中国刀剣術その興亡と流伝の秘密を探る』(福昌堂) などを著す。
概要と構成
『中国武術史大観』(1994年7月、福昌堂、702頁)は、日本語で書かれた最も体系的な中国武術通史である。少林系、武当系、内家拳、南拳系、北派、近代武術(民国期)、戦後の中国武術スポーツ化までを網羅する。ずっと品切れ状態だったが、2019年に国書刊行会より『増訂 中国武術史大観』として増補改訂版が刊行され、現在はそちらが参照しやすい。
海外研究者にとっての価値
第一に、空手の中国伝来説(とくに福建系武術との関係)を歴史的に検証する際の、最も信頼できる中国武術側の通史的参照点である。
第二に、笠尾は中国武術と日本武道の比較研究を意識的に行っており、空手研究にとって比較武術史の方法論的モデルを提供する。
10. 魚住孝至の武道思想史研究群
著者背景
魚住孝至(うおずみ たかし)1953年生まれ。東京大学文学部倫理学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学、文学博士。国際武道大学教授を経て、現在は放送大学特任教授。宮本武蔵『五輪書』研究の権威として知られる。
主要著作
- 『定本 五輪書』(新人物往来社, 2005)
- 『宮本武蔵―日本人の道』(ぺりかん社, 2002)
- 『宮本武蔵―「兵法の道」を生きる』(岩波新書, 2008)
- 『武道』(「日本の伝統文化シリーズ6」, 山川出版社)
- 『道を極める―日本人の心の歴史』(放送大学教育振興会)
- 『NHK「100分de名著」ブックス 宮本武蔵 五輪書』(NHK出版)
概要と構成
魚住の著作群は、「武道」概念そのものの哲学的・思想史的検討を主題とする。剣術・柔術・弓術・空手などの個別武道を素材としつつ、それらを貫く「道」の思想史を明らかにする。
海外研究者にとっての価値
第一に、空手を「武道」というカテゴリーのなかに位置づける際の思想史的フレームワークを提供する。Donn F. Draeger の三段階モデル(bujutsu / budo / modern budo)を批判的に再検討するうえでも有益である。
第二に、宮本武蔵『五輪書』をめぐる魚住の研究は、空手思想と近世武芸書の関係を考察する際の必読参照点である。
11. 中嶋哲也『近代日本の武道論 ── 〈武道のスポーツ化〉問題の誕生』(国書刊行会, 2017)
著者背景
中嶋哲也(1983年生まれ)は近代日本武道史・スポーツ史の研究者。早稲田大学スポーツ科学院助教を経て、現在は茨城大学教育学部を拠点に研究を進めている。
概要と構成
本書 (608頁+ローマ数字xi頁、ISBN 9784336061584) は、「武道のスポーツ化」という近代日本武道界における持続的論争を、近代史的視座で再構築した研究である。「術」から「道」という考えが誕生した明治期、「スポーツ化」という言説が登場した大正期、さらには古武道の「発見」までを追う。柔道を中心に、武道がいかにして「日本的精神」を担うものと位置づけられ、いかにして競技スポーツ化への抵抗と適応を経験したかを実証的に描く。
海外研究者にとっての価値
第一に、空手のスポーツ化(とくに WKF 体制と極真系の対立、2020年オリンピック競技化をめぐる論争)を理解するための近代日本武道全般のフレームワークを提供する。
第二に、Inoue Shun の英訳された柔道史研究 (in Brownell, Vlastos eds., Mirror of Modernity) や、Andreas Niehaus, Maxime Polleri, Alexander Bennett らの武道社会学研究と直接対話可能な、日本側の現代的研究である。
12. 永木耕介『嘉納柔道思想の継承と変容』(風間書房, 2008)
著者背景
永木耕介(1958年生まれ)は柔道史・武道思想史・スポーツ教育学の研究者。筑波大学大学院人間総合科学研究科で博士(体育科学)を取得し、兵庫教育大学大学院教授・同附属中学校校長就任 (2012–2014) を経て、現在は法政大学スポーツ健康学部教授。
概要と構成
嘉納治五郎の柔道思想(精力善用・自他共栄、武道としての柔道、教育としての柔道)が、戦前・戦中・戦後を通じてどのように継承・変容したかを実証的に追跡する。
海外研究者にとっての価値
第一に、空手の本土移植は嘉納治五郎の制度的支援なしには考えられないため、嘉納の思想と組織戦略を深く理解することは、空手史研究にとっても不可欠である。
第二に、永木の研究は、武道思想を単なる「美しい言葉」としてではなく、制度史・組織史・教育史と結びついた言説的実践として扱う方法論的モデルを提供する。
13. 寒川恒夫『日本武道と東洋思想』(平凡社, 2014) ほか
著者背景
寒川恒夫(そうがわ つねお)(1947年生まれ)はスポーツ人類学・身体文化研究の権威。筑波大学大学院博士課程修了、学術博士。早稲田大学スポーツ科学学術院教授を経て、現在は同名誉教授。日本スポーツ人類学会の発展に大きく寄与し、日本体育学会学会賞を1999年・2016年に2回受賞した。これまで見てきたように、嘉手苅徹の博士論文の指導教員でもある。
概要と構成
本書は、日本武道(剣道・柔道・弓道・合気道・空手など)を東洋思想(儒教・道教・仏教・神道)との関係で位置づけ直す試みである。スポーツ人類学の方法論を駆使しつつ、武道の身体技法・修養論・儀礼を文化人類学的に分析する。
海外研究者にとっての価値
第一に、武道を文化人類学的研究対象として扱う方法論を明示している。Patrick Donnelly ら欧米のスポーツ社会学・人類学の研究と直接接続可能な、日本側の理論的研究である。
第二に、空手における「気」「呼吸」「型」の意味論的位置づけを、東洋思想史の文脈で精緻に分析する章があり、空手の身体技法研究にとって不可欠の参照点である。
14. 入江康平らによる近世・近代武芸史研究
入江康平(いりえ こうへい)1939年徳島県生まれ)は東京教育大学体育学専攻科修了、筑波大学教授を経て同名誉教授。日本武道学会顧問、弓道教士。伝書研究(武芸の口伝・伝書を史料として読む方法論)の確立者の一人であり、『日本武道大系』全 10 巻、『弓道資料集』全 17 巻、『武道伝書集成』全 10 巻などを編んだ。
海外研究者にとっては、空手の口伝・型・伝書を史料として扱う際の方法論的モデルとして、入江らの伝書研究を学ぶことが有益である。
15. アレキサンダー・ベネット (Alexander Bennett) の日本語著作・論文
著者背景
アレキサンダー・ベネット(Alexander Bennett, 1970年ニュージーランド・クライストチャーチ生まれ)は武道学者・剣道家。京都大学博士 (人間・環境学, 2001年)、カンタベリー大学 Ph.D. (日本文化学, 2012年)。国際日本文化研究センター助手・帝京大学講師等を経て、2009年より関西大学国際部教授、 2023年より国際武道大学附属武道・スポーツ科学研究所長も任じている。剣道教士七段・居合道練士六段・なぎなた五段ほか。日本武道学会理事、国際なぎなた連盟副会長、全日本剣道連盟国際委員。世界初の英語剣道雑誌『Kendo World』の発行人としても知られる。
主要日本語著作・訳書
- 新渡戸稲造著・アレキサンダー・ベネット訳・解説『Bushido: The Soul of Japan / 新渡戸稲造「武士道」』関連訳書・解説書群
- 『Bushido and the Art of Living』 (Japan Library, 2017) など英語著作多数
- 『武道学研究』掲載論文群
海外研究者にとっての価値
ベネットは、日本語で日本武道を研究し、英語圏に発信する翻訳者・媒介者として、空手研究を含む武道研究全般において稀有な位置を占める。日本武道館・国際武道大学・関西大学を拠点にした活動は、海外研究者にとっての方法論的・人脈的なリソースの宝庫である。
ベネットの日本語著作は、「外から日本武道を見る視座」と「日本武道の内側の言説」の双方を媒介するものであり、海外研究者が日本武道研究のなかで自らをどう位置づけるかを考える素材として有益である。
第4部 身体論・哲学・思想からのアプローチ
空手は単なる技法体系ではなく、身体論・東洋哲学・近代日本思想史と深く絡み合った文化的実践である。海外研究者がしばしばアクセスしにくい領域だが、空手研究の理論的厚みを支える基盤として、以下を挙げる。
16. 湯浅泰雄『身体論 ── 東洋的心身論と現代』(講談社学術文庫, 1990) ほか
著者背景
湯浅泰雄(ゆあさ やすお、1925年–2005年)は哲学者・宗教学者。東京大学文学部倫理学科卒、文学博士。和辻哲郎に師事し、近代日本哲学、ユン心理学、「気」の研究、東洋的身体論を領域横断的に展開した。山梨大学・大阪大学・筑波大学を経て桜美林大学教授、同名誉教授。
概要と構成
『身体論』は、東洋的「気」「修行」「心身一如」概念を哲学的に再構築した代表作である(1977年に創文社から初版『身体』が刷行され、これを始点に大幅な加筆を加えて講談社学術文庫版が出た)。『気・修行・身体』(平河出版社, 1986) も同様の系列に属する。
海外研究者にとっての価値
第一に、空手の修養論・気の概念・型の身体性を哲学的に分析する際の理論的フレームワークを提供する。
第二に、湯浅の著作は英訳版(『The Body: Toward an Eastern Mind-Body Theory』SUNY Press, 1987)もあり、海外研究者が日本側の身体哲学に接続する際の橋渡し役となる。
17. 市川浩『精神としての身体』(講談社学術文庫, 1992 ほか)
著者背景
市川浩(いちかわ ひろし、1931年–2002年)は哲学者・身体論研究者。仏教学者市川白弦の長男として京都に生まれ、京都大学文学部卒業後、毎日新聞記者を経て東京大学大学院人文科学研究科に進んだ。明治大学教授を経て、同名誉教授。ベルクソンらのフランス哲学を専門とし、メルロ=ポンティの現象学とヴァレリーの「錯総体」概念を融合させた独自の身体哲学を展開した。
概要と構成
本書は、身体を単なる物質的・生理的対象としてではなく、「意味する身体」「精神としての身体」として把握する哲学的試みである(1975年に勁草書房から初版が出、講談社学術文庫版は1992年刷行)。日本の伝統的身体技法(武道・芸道・舞踊)と現代現象学を架橋する。
海外研究者にとっての価値
空手の「型」や「呼吸」「間合い」を、近代的解剖学・生理学だけでなく、現象学的身体論で読み解くための日本側の哲学的基盤を提供する。
18. 内田樹『修業論』(光文社新書, 2013)、『日本の身体』(新潮文庫, 2017) ほか
著者背景
内田樹(うちだ たつる、1950年東京生まれ)はフランス現代思想・レヴィナス研究を専門とする思想家・エッセイストであり、合気道家(多田宏門下、合気道七段)でもある。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院修士。神戸女学院大学教授を経て、2011年退職、同名誉教授。同年、神戸市住吉に道場兼学塾「凱風館」を開き、館主として現在も稽古・講義を継続している。
概要と構成
『修業論』は、武道・芸道における「修業」「稽古」「師弟関係」を、現代思想(バルト、レヴィナス、ブルデュー)と接続して論じる。『日本の身体』はインタビュー集だが、空手家・武道家を含む実践者との対話を通じて、日本の身体文化を多声的に描く。
海外研究者にとっての価値
第一に、武道の修業論を現代思想の言語で語り直す試みとして、海外読者にとってアクセスが容易な側面を持つ。
第二に、内田の合気道経験に基づく身体論は、空手の技法論にも応用可能な洞察を含む。
19. 甲野善紀の身体技法論
著者背景
甲野善紀(こうの よしのり、1949年東京生まれ)は古武術研究者・身体技法研究者。1978年に武術稽古研究会「松聲館」を設立し、「捱らない・うねらない・タメない」をキーワードとする独自の身体技法と理論を展開した。2007年から3年間、神戸女学院大学客員教授も務めた。著作群を通じて、近代スポーツ的身体観への根本的批判と、古武術的身体技法の現代的再構築を提唱してきた。
主要著作
- 『古武術からの発想』(PHP文庫)
- 『身体から革命を起こす』(田中聡との共著、新潮社2005 / 新潮文庫2007)
- 『剣の精神誌』(筑摩書房)、『古武術の発見』(養老孟司との対談、光文社知恵の森文庫)
- 養老孟司・茂木健一郎・内田樹ら身体論を主題とする対談集多数
海外研究者にとっての価値
空手における「効率的な力の伝達」「重心」「身体操作」を考察する際の、日本側の身体技法論として重要である。甲野の議論は、空手の技法解釈論にも応用可能であり、現代の沖縄空手復古運動の理論的源泉の一つにもなっている。
第5部 スポーツ健康科学・運動科学としての空手研究
21世紀の空手研究の大きな潮流の一つは、スポーツ科学・運動科学・健康科学としての空手の実証的研究である。日本体育大学、国際武道大学、筑波大学、早稲田大学スポーツ科学学術院、九州大学、東京大学体育系などを拠点に、多くの査読論文が J-STAGE などで公開されている。
20. 競技空手の運動学的・バイオメカニクス的研究
主要研究領域
- 突き・蹴り技の運動学的解析(ハイスピードカメラ・モーションキャプチャを用いた研究)
- 試合戦術分析(WKF 試合のパフォーマンス分析)
- 体力科学・トレーニング科学的研究
- 反応時間・知覚動作研究
代表的研究者・拠点
- 永田晉・笹岡さゆり「空手打突動作のバイオメカニクス」(『早稲田大学体育研究紀要』第21号, 1989)を始点とする、空手打突・蹴り動作のバイオメカニクス研究
- 坂部崇政(日本体育大学)らによる空手選手の予測能力・脳活動研究
- 豊嶋建広(麗澤大学)らによる「空手道と健康」「高齢者の認知機能低下予防」研究
- 全日本空手道連盟・国際武道大学を拠点とする競技パフォーマンス分析(例:荒川雅俊「第51回全日本空手道選手権大会における得点技と過程動作の分析」, 2024)
- 日本武道学会『武道学研究』空手道専門分科会を中心とする競技・型・技術研究群
- 競技用具・防具に関する工学的研究群
海外研究者にとっての価値
第一に、空手がオリンピック競技化された前後の日本側のスポーツ科学的研究動向を把握するうえで欠かせない。
第二に、これらの研究は J-STAGE で多くオープンアクセスで読めるため、海外研究者にとってアクセスが比較的容易である。
第三に、Mosadeghrad ら欧州側の空手スポーツ科学研究と直接比較・接続することが可能であり、国際的な共同研究の足がかりとなる。
21. 健康増進・高齢者・教育としての空手研究
主要研究領域
- 高齢者の転倒予防プログラムとしての空手稽古
- 学校体育(武道必修化以降)における空手の教育的効果
- 障害者スポーツとしての空手(パラ空手)の研究
- メンタルヘルス・自尊感情への影響研究
海外研究者にとっての価値
第一に、2012年の中学校武道必修化以降、空手を含む武道の教育的効果研究が大きく拡大しており、学校体育としての武道を比較教育学的に研究する素材が豊富である。
第二に、日本の高齢化社会における健康増進プログラムとしての武道研究は、欧米の高齢者運動研究と接続可能な実証データを提供する。
22. 空手のスポーツ医学的研究 ── 外傷・脳振盪・コンディショニング
主要研究領域
- 空手競技における外傷疫学
- 直接打撃制(極真系)における脳振盪研究
- コンディショニング・栄養学的研究
- 競技者の長期的健康影響
- 部活動スポーツにおける脳振盪発生動態調査(日本スポーツ振興センター国立スポーツ科学センター・筑波大学らによる研究。ラグビーに次いで柔道・空手で脳振盪発生率が高いことが示されている)
海外研究者にとっての価値
格闘技全般における脳震盪・慢性外傷研究は、ボクシング・総合格闘技を中心に欧米で蓄積が大きいが、空手については日本側の研究も独自の蓄積を持つ。海外研究者が空手の安全性・健康影響を論じる際の必須参照点である。
第6部 周辺領域 ── 沖縄学・近代史・格闘技史
空手研究を単独で行うのではなく、近代沖縄史・日本近代史・格闘技史と接続して読むことで、より厚みのある理解が可能になる。
23. 高良倉吉『琉球の時代 ── 大いなる歴史像を求めて』(筑摩書房「ちくまぶっくす」28, 1980 / ちくま学芸文庫, 2012) ほか
著者背景
高良倉吉(たから くらよし、1947年沖縄県伊是名島生まれ)は琉球史研究の第一人者。愛知教育大学卒業、九州大学より博士(文学、1992年)。沖縄県沖縄史料編集所、沖縄県立博物館、浦添市立図書館館長を経て1995年から2013年まで琉球大学法文学部教授、同名誉教授。2013–2014年に仲井眞弘多県政で沖縄県副知事。首里城復元委員、NHK大河ドラマ『琉球の風』監修、2019年以降は首里城復元に向けた技術検討委員会委員長を務め、2025年に第35回福岡アジア文化賞大賞を受賞した。
概要と構成
琉球王国期の政治・経済・対外関係を実証的に明らかにした代表作。 1980年に「ちくまぶっくす 28」として筑摩書房から初版が出、 2012年にちくま学芸文庫化された(319頁、ISBN 9784480094438)。マラッカの港に出入りした15世紀の琉球使船の姿と、ポルトガル人トメ・ピレス『東方諸国記』に描かれた“マラッカの琉球人”の記述から筆を起こし、中国(明)との冊封関係、薩摩侵入事件以前後の琉球、士族社会の構造を総合的に描く。 他に『琉球王国の構造』(吉川弘文館、1987)、『琉球王国史の課題』(ひるぎ社、1989)、『琉球王国』(岩波新書、1993)、『アジアのなかの琉球王国』(吉川弘文館、1998)などがある。
海外研究者にとっての価値
空手の母胎である琉球王国期の社会構造を理解するうえで、最も信頼できる現代的研究の一つである。第1稿で挙げた伊波普猷・東恩納寛惇ら戦前沖縄学の系譜を、戦後の実証的方法論で更新した。
24. 上里隆史『海の王国・琉球 ──「海域アジア」屈指の交易国家の実像』(洋泉社「歴史新書y」026, 2012年2月 / 新装版:ボーダーインク、2018) ほか
著者背景
上里隆史(うえざと たかし)は琉球史・東アジア海域史研究者・作家。早稲田大学大学院文学研究科博士課程を修了し、浦添市立図書館長、浦添グスク・ようどれ館長などを経て、現在は琉球始祖王統スタジオ主宰・作家として活動する。一般向け著作と学術論文の双方を手掛ける。
概要と構成
琉球を「海洋国家」「東アジア交易の結節点」として位置づけ直す試みである。中国・朝鮮・東南アジア・日本との交易関係、士族社会の形成を実証的に描く。
海外研究者にとっての価値
空手の中国伝来説を、琉中交易の実証的歴史のなかに位置づけ直す視座を提供する。福建省・福州との人的交流(久米三十六姓・進貢船・冊封使)を空手史と関連づけて読むうえで必読。
25. 増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社, 2011年9月) ほか格闘技史的著作
著者背景
増田俊也(ますだ としなり、1965年愛知県生まれ)は作家・元新聞記者。旭丘高校を経て北海道大学に入学、在学中は柔道部に所属して高専柔道の流れを汲む七帝柔道を経験した。同大を中退後、北海タイムス社・中日新聞社で記者として勤務し、2006年『シャトゥーン ヒグマの森』で小説家デビュー。2016年に中日新聞社を退職し作家活動に専念。現在拓殖大学客員教授・名古屋芸術大学客員教授。
概要と構成
『ゴング格闘技』誌上で2008年1月号から2011年7月号まで連載したものに加筆・増補し、2011年9月30日に新潮社から単行本が刊行された。翌年、第43回大宅壮一ノンフィクション賞と第11回新潮ドキュメント賞をダブル受賞した。文庫版は上下二巻に分割され、2014年2月に新潮文庫から出ている。本作は、戦後日本格闘技史(柔道・プロレス・空手・総合格闘技)を貫く一大叙事詩である。木村政彦を主人公としつつ、空手(とくに大山倍達・極真)、プロレス、戦後日本の身体文化全般を視野に入れる。
海外研究者にとっての価値
第一に、本書は学術書ではないが、戦後日本格闘技史の一次資料を渉猟したノンフィクションとして、研究の出発点となりうる水準を備えている。
第二に、空手(とくに極真系)を、柔道・プロレス・MMA と連続する戦後日本格闘技史のなかに位置づけ直す視座は、海外の格闘技史研究者にとって有益である。
第三に、増田の文体・叙述スタイルは、日本格闘技をめぐる物語的言説の現代的到達点として、それ自体が言説分析の対象となりうる。
26. 戦後日本史・占領史と武道再開研究
主要文献領域
- 占領期 GHQ の武道禁止令と段階的解禁過程をめぐる研究
- 戦後の武道団体再編成(全日本剣道連盟・全日本柔道連盟・各空手団体)の組織史的研究
- 戦後沖縄(米軍統治期)の空手史研究
海外研究者にとっての価値
空手の戦後再建は、占領期・米軍統治期という特殊な政治的環境のなかで進行した。これらの政治史的研究を踏まえなければ、戦後の空手の世界普及(とくに在沖米軍経由のアメリカ進出)を理解することはできない。
第7部 海外展開・ビジネス・文化外交としての空手研究
21世紀の空手研究の新しい潮流として、空手をソフトパワー・文化外交・ビジネスとして分析する領域が拡大している。
27. 文化外交・ソフトパワーとしての武道研究
主要研究領域
- 日本の文化外交・「クールジャパン」政策における武道の位置づけ(外務省「文化外交の推進に関する懇話会」2005年報告書以降の議論、国際交流基金の事業評価研究)
- ASEAN・中東・アフリカ・南米における武道普及の実証研究
- 空手のオリンピック競技化過程(東京2020大会での正式種目採用、ロサンゼルス2028での選出見送り)の政治社会学的研究
海外研究者にとっての価値
Joseph Nye のソフトパワー論を日本の文化輸出に応用した英語圏の研究群(岩渕功一 Recentering Globalization, Duke UP, 2002;Nissim Kadosh Otmazgin, Regionalizing Culture: The Political Economy of Japanese Popular Culture in Asia, University of Hawaiʻi Press, 2013ほか)は主にポピュラーカルチャー(アニメ・マンガ・J-pop等)を対象とするが、その方法論は武道・空手の国際展開にも応用可能である。また、武道に特化したソフトパワー研究としては Andreas Niehaus らの柔道・剣道の跨国境展開をめぐる研究や、ルーヴェン・カトリック大学(European Transoceanic Encounters and Exchanges)の柔道ソフトパワー研究グループの成果が参照点となる。日本側の研究蓄積は、これらと直接接続しうる一次資料・事例研究を提供する。
28. スポーツ団体組織論・ガバナンス研究
主要研究領域
- 公益財団法人全日本空手道連盟(JKF、1964年設立)と World Karate Federation(WKF、1990年設立、アントニオ・エスピノス会長ら)のガバナンス研究
- 流派団体(伝統四大流派:松濤館系・剛柔流系・糸東流系・和道流系、さらに極真系・正道会・謚訓館をはじめとするフルコンタクト系諸団体)の組織史的研究
- 空手のオリンピック競技化と国際ガバナンス(2014年「空手道推進議員連盟」設立、同年12月 IOC「アジェンダ 2020」可決による開催地オリンピックの種目提案権付与、東京 2020大会での正式種目採用とロサンゼルス 2028での選出見送りに至る一連の過程)
海外研究者にとっての価値
空手の制度的・組織的次元を理解するうえで、これらの研究は不可欠である。とくに、なぜ空手は柔道のような単一の国際統括団体を持たないのか、なぜ極真系・正道会を含むフルコンタクト系は WKF 体制と並行的に展開してきたのか、といった問いに答えるための実証的研究が増えている。
第8部 同時代英語圏研究との対話 ── 比較研究のための見取り図
日本側の最新研究を海外研究者が読むにあたって、しばしば直面するのは「日本側の研究と英語圏の研究をどう接続するか」という問いである。本節では、参考までに、対話可能な英語圏研究を挙げる。
- Raúl Sánchez García, The Historical Sociology of Japanese Martial Arts (Routledge, 2018) ── 嘉手苅徹の博士論文と直接対話可能。
- Andreas Quast, Karate 1.0: Parameter of an Ancient Martial Art (2013) ── 沖縄空手史の英語圏側の代表的研究。日本側の沖縄空手研究(高宮城ら)と相互参照可能。
- Patrick McCarthy (IRKRS) の翻訳・研究 ── 本部朝基ら戦前文献の英訳と注解。
- Mark Bishop, Okinawan Karate: Teachers, Styles and Secret Techniques (1989/1999) ── 沖縄諸流派の英語圏読者向け参照書。
- Alexander Bennett の英語著作 (e.g., Japan: The Ultimate Samurai Guide) ── 武道全般。
- Andreas Niehaus(ゲント大学日本学教授、欧州日本研究協会EAJS会長、嘉納治五郎・柔道史研究)、Christian Tagsold(デュッセルドルフ大学、日本のスポーツとナショナリズム研究。Niehaus との共編 Sport, Memory, and Nationhood in Japan: Remembering the Glory Days, Routledge, 2012)ほか欧州の武道・スポーツ社会学研究 ── 中嶋哲也・寒川恒夫らと対話可能。
- Joe Svinth の歴史研究 (EJMAS Journal of Combative Sport 等) ── 19世紀末・20世紀初頭の太平洋越境武道史。
- Donn F. Draeger の古典 (Classical Bujutsu / Classical Budo / Modern Bujutsu and Budo, Weatherhill, 1973–74) ── 魚住孝至らの「武道」概念史研究と批判的に対話可能。
海外研究者は、本稿で挙げた日本側研究と、これら英語圏研究を双方向的に読むことで、空手研究の国際的地平を形成することができる。
おわりに ── 「最新」を更新し続ける研究空間として
本稿で挙げた約30の文献群は、平成期以降の日本における空手・武道・関連諸領域の重要研究を概観したものである。最後に、海外研究者に向けて、本稿の活用方法と留意点を述べておきたい。
第一に、本稿は完結したリストではなく、更新されるべき地図である。空手研究は現在進行形の領域であり、毎年新しい博士論文・査読論文・調査報告書が発表される。
第二に、論文へのアクセス方法を体系的に学ぶことが、最大のリターンを生む。CiNii Research(cir.nii.ac.jp)、J-STAGE(jstage.jst.go.jp)、Google Scholar、各大学機関リポジトリの使い方を身につけることで、本稿で挙げた研究者群の論文を自力で網羅的に追跡できるようになる。日本武道学会、日本スポーツ史学会、日本スポーツ人類学会、日本スポーツ社会学会の機関誌は、いずれもオープンアクセスの論文が多い。
第三に、日本側研究を読むことは、海外研究者の研究を「補強」するためだけではない。むしろ、日本側研究との対話を通じて、海外研究者は自らの研究の前提・方法・問題意識を問い直す機会を得る。空手という対象は、日本側からも海外側からも、依然として完全には理解されていない。両者の対話を通じてのみ、空手研究は学術領域として成熟していく。
本稿(最新研究編)と第1稿(古典編)が、海外の空手研究者にとって、日本語研究の海図として機能することを願う。
主要参照プラットフォーム・データベース
- CiNii Research (cir.nii.ac.jp): 日本の学術論文・書籍の網羅的検索。
- J-STAGE (jstage.jst.go.jp): 日本武道学会『武道学研究』、日本スポーツ史学会『スポーツ史研究』、日本体育学会『体育学研究』など主要学会誌のオープンアクセス。
- 国立国会図書館デジタルコレクション (dl.ndl.go.jp): 戦前・戦中・戦後初期の刊本の閲覧。
- 沖縄県立図書館・沖縄空手会館 資料室: 沖縄空手関係資料の現地参照。
- 早稲田大学・国際武道大学・日本体育大学・筑波大学 機関リポジトリ: 博士論文・紀要論文の閲覧。
- Google Scholar: 国際的な引用ネットワークの追跡。

