海外の空手研究者が読むべき日本の古典的名著 ―― 戦前・戦後の必読文献を通覧する

History & Research

本稿は、日本国外で空手・武道研究に取り組む研究者および大学院修了程度の学識を備えた愛好家を読者に想定し、日本国内で形成・蓄積されてきた空手の古典的著作を体系的に紹介する。

  1. はじめに ── なぜ「日本の古典」を海外読者に向けて紹介するのか
  2. 凡例
  3. 第1部 沖縄から本土へ ── 1920–1930年代、空手が「本」になった時代
    1. 1. 富名腰(船越)義珍『琉球拳法 唐手』(武侠社, 1922)
    2. 2. 船越義珍『錬胆護身 唐手術』(廣文堂書店, 1925)
    3. 3. 船越義珍『空手道教範』(大倉広文堂, 1935)
    4. 4. 本部朝基『沖縄拳法唐手術 組手編』(唐手術普及会〔大阪〕, 1926)
    5. 5. 本部朝基『私の唐手術』(東京唐手普及会, 1932)
    6. 6. 摩文仁賢和『攻防自在護身術空手拳法』(1934)
    7. 7. 摩文仁賢和・仲宗根源和『攻防拳法 空手道入門』(京文社書店, 1938)
    8. 8. 宮城長順「唐手道概説」(1934、沖縄県体育協会関係資料ほか)
    9. 9. 仲宗根源和編『空手道大観』(東京図書, 1938)
  4. 第2部 本土学生空手と理論化 ── 大学唐手研究会の遺産
    1. 10. 三木二三郎・高田瑞穂『拳法概説』(東京帝国大学唐手研究会, 1930)
    2. 11. 和道流関連 ── 大塚博紀『空手道』とその周辺
  5. 第3部 戦後の自伝・回想・体系化
    1. 12. 船越義珍『空手道一路』(産業経済新聞社, 1956)
    2. 13. 中山正敏『ベスト空手』全11巻 (講談社インターナショナル, 1977–1989)
    3. 14. 大山倍達の著作群 ── 日本語『秘伝極真空手』『わが空手修行』ほか、英語『What is Karate?』『This is Karate』ほか(1958–1990年代)
    4. 15. 山口剛玄『空手道』ほか剛柔会系著作(1960–1980年代)
    5. 16. 沖縄空手側の戦後証言 ── 比嘉世幸、長嶺将真、上地完文・完英、八木明徳らの著作
  6. 第4部 武道思想・武道史の古典 ── 空手の周辺を構成する不可欠な文献
    1. 17. 嘉納治五郎の柔道関係著作群
    2. 18. 富木謙治の合気道・体育論関連著作
    3. 19. 宮本武蔵『五輪書』および近世武芸書
  7. 第5部 沖縄学・歴史的背景の古典 ── 空手の母胎を理解するために
    1. 20. 伊波普猷『古琉球』『沖縄歴史物語』ほか
    2. 21. 東恩納寛惇『南島風土記』『黎明期の海外交通史』ほか
    3. 22. 比嘉春潮『沖縄の歴史』ほか
    4. 23. 仲原善忠・新里恵二・高良倉吉らによる戦後沖縄史研究の古典
  8. 第6部 戦前・戦中の体育・武道行政文書 ── 制度史としての空手
    1. 24. 大日本武徳会関連資料
    2. 25. 沖縄県学務課の公式文書
  9. 第7部 戦前・戦後の機関誌・雑誌記事
  10. おわりに ── 古典を読むということ
  11. 主要参照文献・補助資料

はじめに ── なぜ「日本の古典」を海外読者に向けて紹介するのか

空手の研究文献を国際的に俯瞰すると、英語圏では Patrick McCarthy、Andreas Quast、Mark Bishop、Joe Svinth、Raúl Sánchez García らによる単行本・論文が比較的容易にアクセスできる一方、日本語で書かれた一次資料・基礎文献は、たとえ古典的地位を確立した著作であっても、海外の研究者にとって参照が困難であるという非対称性が長らく続いてきた。

この非対称性は、単なる言語の問題に還元されるものではない。第一に、戦前沖縄・本土で刊行された空手書は初版部数が少なく、戦災・散逸を経て現存する原本がきわめて希少である。第二に、戦後に復刻・翻刻された版本も日本国内の専門古書市場や限られた研究機関にしか流通しておらず、デジタルアーカイブ化も部分的にしか進んでいない。第三に、近代日本語(とくに戦前文語体)と沖縄方言・漢学的表現が混在する文体は、現代日本人読者にも難解であり、海外研究者にとってはなおさら大きな障壁となる。

結果として、海外の空手史研究は、(a) 戦前邦語文献を二次引用に頼る、(b) 戦後英訳された限られた著作(船越義珍『Karate-Dō: My Way of Life』など)に過度に依存する、(c) 沖縄空手の口承資料を経由した間接的記述に頼る、という構造的バイアスを抱えやすい。

本稿は、こうした状況に対して、「海外の研究者が一次資料に立ち返るための地図」を提供することを目的とする。各著作について、著者の経歴的背景、書物の構成と内容の概要、空手史・空手思想史・武道史研究にとっての価値、そして可能な範囲で現代における入手方法・参照可能な版本を示す。空手それ自体を直接の主題としない著作(沖縄学・武道思想・身体論など)であっても、空手研究の基盤として不可欠と判断されるものは取り上げる。

本稿が前提としているのは、次のような立場である。すなわち、空手は単一の競技ではなく、(i) 琉球王国期の手(てぃー)に淵源を持つ沖縄の身体文化、(ii) 1920年代以降の本土移植と近代武道化、(iii) 戦後の世界的普及とスポーツ化、(iv) 21世紀のオリンピック競技化、という重層的な歴史を持つ複合的な文化現象である。古典的名著の選定にあたっては、この重層性のいずれかの局面を一次資料として証言する文献を優先した。

凡例

書誌情報は「著者『書名』出版社, 初版刊行年」の順で示す。復刻版・翻刻版がある場合は別途付記する。

  • 唐手」「空手」「唐手術」「琉球拳法」など、刊行当時の表記をそのまま尊重する。1936年10月25日に那覇で開催された沖縄空手大家の会同による表記統一以前の著作では「唐手」、以降は「空手」を用いるのが原則である。
  • 引用は原典の漢字・仮名遣いを保持するが、読みやすさを優先して常用漢字・現代仮名遣いに改めた箇所には注記する。
  • 流派名・人名の英語表記については、英訳版で改めて Hepburn 式ローマ字+括弧内に流派の通称英語表記(例:Shōtōkan, Gōjū-ryū)を併記する予定。
  • 海外読者の便宜のため、当該文献を扱った主要な英語論文・書籍がある場合は参考として注記する。

第1部 沖縄から本土へ ── 1920–1930年代、空手が「本」になった時代

空手史において1920年代から1930年代は、口伝・身体伝承を中核としてきた沖縄の手(てぃー)が、活字メディアという近代的形式に翻訳された決定的な時期である。この時期の刊本は、単なる技術書ではなく、(a) 沖縄の身体文化を本土の近代武道言説に接続するための翻訳装置、(b) 流派・系譜の自己定義のための公的宣言、(c) 学校教育・軍事訓練・社会体育としての制度化を後押しする政治的文書、という三重の機能を担っていた。海外研究者にとって、この時期の文献を一次資料として読むことは、空手の近代がどのように構築されたかを内側から観察することに等しい。

1. 富名腰(船越)義珍『琉球拳法 唐手』(武侠社, 1922)

著者背景

富名腰義珍(1868–1957、のち船越と改姓)は首里出身。糸洲安恒・安里安恒に師事し、1922年5月に文部省主催の第一回体育展覧会(東京・お茶の水、東京女子高等師範学校)での演武をきっかけに本土に移住、慶應義塾・拓殖大学・東京大学などの大学に唐手研究会を組織する。後年に松濤館流の祖と仰がれる人物である。

概要と構成

本書は本土において単行本として刊行された最初の空手書として記念碑的な位置を占める。沖縄県学務課が編んだ『沖縄県教育要覧』付録としての性格を持つ前身原稿を加筆・改稿したものである。

構成は、(1) 唐手の沿革と意義、(2) 唐手の基本(立ち方・突き・蹴り)、(3) 型(公相君・抜塞など糸洲系の型を中心に)、(4) 唐手と他武術との比較、(5) 唐手修行の心得、というかたちをとる。多数の写真と図解を含み、それ自体が当時の沖縄空手の身体技法と型を視覚的に証言する一次資料となっている。

海外研究者にとっての価値

第一に、沖縄空手が本土の近代武道言説(柔道・剣道)の枠組みのなかで自己定義していくプロセスの原点を示す史料である。嘉納治五郎の柔道、内藤高治らの剣道に倣って、空手もまた「道(どう)」「礼」「修養」を強調するレトリックへと再編されていく契機がここに刻まれている。

第二に、ここに掲載された型の写真・図解は、糸洲安恒系の型がどのように標準化される以前の状態にあったかを観察するための比較対象として、後の『空手道教範』(1935) や戦後の各流派教本との対比に欠かせない。

第三に、本書には沖縄方言・漢学的表現が多数残されており、戦後の標準化された日本語空手書では失われた語彙論的情報が豊富に含まれる。海外研究者が空手の用語史を辿るうえで一次資料的価値を持つ。

版・入手方法

初版は希少。1980–90年代に複数の出版社から復刻版が出ており、また国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能な版もある。英訳としては Patrick McCarthy らによる部分英訳が存在するが、全訳ではない。


2. 船越義珍『錬胆護身 唐手術』(廣文堂書店, 1925)

著者背景

上記と同じく船越義珍。本書は1922年の『琉球拳法 唐手』のわずか3年後に刊行されており、本土移住後の船越が東京の出版界で発信力を高めていく過程を象徴している。

概要と構成

書名の「錬胆護身」が示すように、本書は「精神的鍛錬」と「実用的護身」という二つの方向性を明確に打ち出している。これは、唐手を競技スポーツとして提示するよりも、青年修養の道徳的実践として位置づけようとする戦略であり、当時の本土知識層・軍関係者・教育関係者に対する訴求を意識した編集である。

型の解説に加え、組手・約束組手に近い応用法、急所論、稽古上の心得などが体系的に記される。前著と比べて教育論的・修養論的記述が拡充されている点が特徴である。

海外研究者にとっての価値

本書は、1920年代の本土において空手がどのように「正当な近代武道」として翻訳されようとしたかを観察する好個の史料である。たとえば「唐手二十箇条」の原型と考えられる修養箴言が含まれており、後に船越が定式化する「君子の武」としての空手像の母型を読み取ることができる。

また、本書は1936年の沖縄空手大家の会同(那覇)における「唐手→空手」表記統一以前の文献であり、本土移植期の用語論的揺らぎを示す貴重な証言である。

版・入手方法

初版は古書市場でも稀本。戦後の復刻はあるが流通量は少ない。国立国会図書館のデジタル化資料としてアクセス可能な場合がある。

1996年に榕樹社・緑林堂書店が復刻している。


3. 船越義珍『空手道教範』(大倉広文堂, 1935)

著者背景

同じく船越義珍。本書刊行時、船越はすでに本土の主要大学に唐手研究会を組織し、慶應・拓殖・早稲田・東大などに門弟層を形成していた。

概要と構成

本書は「空手道」という表記を冠した最初期の体系的教本である。書名が「唐手術」から「空手道」へと変化していること自体が、本土近代武道へのフル参入を象徴する出来事である。

構成は、(1) 空手道の歴史と意義、(2) 基本動作、(3) 平安初段から五段、(4) 鉄騎(ナイファンチ)、(5) 抜塞(パッサイ)、(6) 観空(クーシャンクー)、(7) 燕飛、慈恩、半月、岩鶴(鎮東の改称)、十手など多数の型、(8) 約束組手と自由組手の手引き、(9) 空手道の精神論、というかたちで、後の松濤館系空手の標準カリキュラムの基礎を提示している。

海外研究者にとっての価値

第一に、本書は戦前空手書の到達点として、糸洲系・松村系・首里手の型体系をまとめて一書にしている。後の流派分岐(松濤館・和道流・糸東流・剛柔流)を比較研究するうえでの基準点を提供する。

第二に、写真資料としての価値が高い。船越自身(や嗣子・船越義豪)の演武写真は、本土移植直後の沖縄空手の身体技法を視覚的に伝える数少ない一次資料である。

第三に、戦後に「20 Precepts of Karate(空手二十訓)」として国際的に流通する箴言群が、ここでは未だ流動的なかたちで提示されている点に注目すべきである。海外研究者にとっては、空手の道徳的言説の固定化プロセスを追跡するための起点となる。

版・入手方法

戦後、講談社・ベースボールマガジン社系の出版で復刻版が出ている。英訳として広く流通した講談社インターナショナル版『Karate-Dō Kyōhan: The Master Text』(1973) は、大島劼(Tsutomu Ohshima)訳であり、底本は1935年版そのものではなく、戦後改訂版(1958年版『空手道教範』)系統である。一方、1935年版を対象とした英訳としては Harumi Suzuki-Johnston 訳(Neptune Publications, 2005)がある。海外研究者は、1935年版と1958年版の差異そのものが研究対象になると認識すべきである。


4. 本部朝基『沖縄拳法唐手術 組手編』(唐手術普及会〔大阪〕, 1926)

著者背景

本部朝基(1870/1871–1944)は首里の按司家・本部御殿の出身。実戦的な掛け試し(カキダミシー)の達人として知られ、糸洲安恒・松村宗棍系の伝書・口伝に加え、那覇の街頭での実戦経験を技法に組み込んだ。船越義珍に比べると本土での組織化は限定的だったが、その技法的・実戦的内容の独自性は際立っている。

概要と構成

書名のとおり、「組手」を主題とする点が他の戦前空手書と異なる。型ではなく、二人組での約束組手12本を写真と図解で詳細に提示する。各組手には突きの軌道、捌き、反撃、足捌きが具体的に解説され、近代スポーツ化以前の「実戦的応用」の形を留めている。

海外研究者にとっての価値

第一に、戦前期の空手書のなかで最も「実戦」を全面に押し出した文献であり、空手が単なる演武芸ではなく即応性のある護身体系として伝承されていた側面を証言する。

第二に、後年に英語圏で本部朝基が「実戦派」「ストリートファイティング派」として再評価される際の一次資料となる。Patrick McCarthy らの英訳・研究の主要な底本である。

第三に、首里・那覇の地理的環境、按司家の身体教育、近代以前の沖縄社会における暴力と統治の構造を読み解くうえで、本部の記述は社会史的にも価値が高い。

版・入手方法

McCarthy 訳『Motobu Chōki: Karate, My Art』(IRKRS, 2002) などにより英訳が比較的容易にアクセスできる。日本語復刻版は壮神社などから刊行されている。


5. 本部朝基『私の唐手術』(東京唐手普及会, 1932)

著者背景

本部朝基の二冊目の単行本。1932年は本部が本土に拠点を移し、京都・大阪・東京を巡って指導していた時期にあたる。

概要と構成

書名どおり、本部の個人的な空手観・修行歴・技法観を体系化した文献である。型としては「ナイファンチ」を中心に据え、これを空手の根本と位置づける本部独自の見解が展開される。船越が多数の型を網羅的に提示するのに対し、本部は少数の型を深く掘り下げる方針をとった。

また、本部による糸洲安恒・松村宗棍ら師範への言及、当時の沖縄空手界の人物評、本土での指導経験談など、口述史的な価値を持つ章が含まれる。

海外研究者にとっての価値

第一に、ナイファンチを首里手の核心とみる本部の見解は、後の沖縄空手復古運動(沖縄空手道無想会、心道流など)に強い影響を与えており、20世紀後半の沖縄空手研究を理解するうえで欠かせない出発点である。

第二に、本部が言及する近代以前の沖縄武人たち(松村宗棍、糸洲安恒、佐久川寛賀ら)の人物像は、現代の沖縄空手史研究で繰り返し参照される基礎史料の一つである。

第三に、本書は本部朝基の言語的特徴(沖縄方言・本土語の混在、漢学的表現)が色濃く残されており、戦前期の沖縄出身師範の言語意識を観察できる稀少な資料である。

版・入手方法

壮神社、ベースボールマガジン社からの復刻版がある。英訳はMcCarthy 編訳本などで主要部分が読める。


6. 摩文仁賢和『攻防自在護身術空手拳法』(1934)

著者背景

摩文仁賢和(1889–1952)は首里出身。糸洲安恒と東恩納寛量の双方に師事した稀有な人物であり、後に「糸東流」(糸洲+東恩納から命名)を創始する。本土では大阪を拠点に普及活動を行った。

概要と構成

本書は摩文仁の最初の単行本にあたる。糸洲系(首里手)と東恩納系(那覇手)の両方の型・技法を併載しており、戦前の空手書としては異例の総合性を持つ。

型としては平安、ナイファンチ、抜塞、観空などの首里手系に加え、三戦、転掌、サイファ、セイエンチン、シソーチン、サンセールー、セイパイ、クルルンファ、スーパーリンペイなどの那覇手系の型名が登場する(ただし全型の詳細解説ではない)。

海外研究者にとっての価値

第一に、首里手と那覇手の双方を内包する糸東流の成立過程を一次資料的に観察できる文献である。沖縄空手の二大系統の統合がどのように志向されたかを読み取る基礎資料となる。

第二に、那覇手の型名が本土の活字資料に登場する初期事例の一つであり、東恩納寛量系の伝承を辿るうえで欠かせない。

版・入手方法

戦前初版は希少。摩文仁系の後継団体(糸東会など)から復刻版が出ている。


7. 摩文仁賢和・仲宗根源和『攻防拳法 空手道入門』(京文社書店, 1938)

著者背景

摩文仁賢和に加え、共著者の仲宗根源和(1895–1978)は沖縄出身の編集者・武道研究者で、本土において沖縄空手の体系化と紹介に大きな役割を果たした人物である。

概要と構成

書名のとおり、初学者向けの体系的入門書である。歴史的経緯、用語、基本動作、型、約束組手、応用組手、修養論、健康論などを網羅する。複数の型の写真資料が豊富に含まれ、戦前空手書のなかでも視覚資料的価値が高い。

海外研究者にとっての価値

第一に、1936年の沖縄空手大家の会同(那覇)以降の「空手」表記統一を反映した最初期の体系的入門書であり、近代空手の確立期を象徴する文献である。

第二に、共著者・仲宗根源和の編集視点は、当時の沖縄出身知識人が本土読者にどのように沖縄武道を提示しようとしたかを理解するうえで重要である。仲宗根は単なる聞き書き役ではなく、近代日本武道言説の翻訳者として機能していた。


8. 宮城長順「唐手道概説」(1934、沖縄県体育協会関係資料ほか)

著者背景

宮城長順(1888–1953)は那覇出身、東恩納寛量の主要弟子で、剛柔流の創始者として知られる。中国福建省に渡って中国拳法を研究した経歴を持ち、那覇手の伝統に外国武術研究を加味して剛柔流を体系化した。

概要と構成

単行本ではなく、講演録・小冊子・資料集の形で伝わる論考であるが、那覇手系の理念・歴史認識を本人の言葉で残した稀有な一次資料である。「剛柔流」の流派名の典拠(『武備志』の引用とされる)、空手の心身一如論、呼吸法の重要性などが論じられる。

海外研究者にとっての価値

第一に、東恩納寛量・宮城長順系統(剛柔流/那覇手)の原典的史料として、戦後英語圏で剛柔流を研究する際の出発点となる。

第二に、宮城が中国拳法と空手の関係をどのように位置づけたかを示す記述は、20世紀後半以降の比較武術史研究にとって重要な参照点である。

版・入手方法

沖縄県立図書館・宮城長順関係資料、剛柔会・国際沖縄剛柔流空手道連盟 (IOGKF) 系団体の資料集に所収されることが多い。


9. 仲宗根源和編『空手道大観』(東京図書, 1938)

著者背景

仲宗根源和。摩文仁賢和との共著『攻防拳法空手道入門』と同年の刊行。仲宗根は沖縄出身でありながら本土の出版界・武道界で活動した「翻訳者」的存在である。

概要と構成

本書は戦前空手書のなかで最も網羅的・百科全書的な著作である。空手の沿革史、用語論、各流派の系譜と特徴、主要型の解説、空手と他武道の比較、空手の社会的意義などを総合的に論じる。船越義珍、本部朝基、摩文仁賢和、宮城長順ら当時の主要師範の寄稿・談話を収録する点も特筆される。

海外研究者にとっての価値

第一に、1938年時点での沖縄出身師範たちの集合的肖像として、戦前空手界の人的ネットワーク・思想的多様性を観察できる稀有な資料である。

第二に、仲宗根の編集姿勢は、後の戦後空手史叙述の枠組み(「沖縄起源 ― 本土移植 ― 世界化」という三段階モデル)の原型を提示している。

第三に、現代の海外研究で論争となる流派系譜(とくに糸洲・松村・東恩納・佐久川の関係)について、当時の関係者が公的に表明していた認識を確認できる。

版・入手方法

戦前初版は希少。1980年代以降にベースボールマガジン社などから復刻されている。


第2部 本土学生空手と理論化 ── 大学唐手研究会の遺産

戦前の本土空手は、大学の唐手研究会を主要な培養基としていた。船越義珍が指導した慶應義塾・拓殖大学・東京帝国大学、そして摩文仁が関わった関西の大学、いずれにおいても、青年学生は単なる修行者ではなく、空手を文献化・理論化する担い手でもあった。

10. 三木二三郎・高田瑞穂『拳法概説』(東京帝国大学唐手研究会, 1930)

著者背景

三木二三郎と高田瑞穂は東京帝国大学唐手研究会の学生メンバー。船越義珍に師事したのち、自ら中国にも渡って中国拳法を調査した。とくに三木は中国南部での実地調査記録を残している。

概要と構成

本書は学生による空手研究の最初期の到達点である。前半は唐手の歴史・系譜・本土移植のプロセス、後半は型と組手、そして中国拳法との比較研究にあてられる。

中国福建省・上海・北京などにおける武術現地調査記録は、戦前日本人による中国武術ルポルタージュとしてもきわめて貴重である。

海外研究者にとっての価値

第一に、空手 ― 中国拳法関係を実証的に検討した最初の本土側文献であり、現代の比較武術史研究の原点として位置づけられる。

第二に、東京帝国大学という近代日本の学術中枢において、空手がどのように「学問」になりうるかが模索されたプロセスを示す貴重な記録である。20世紀後半の体育学・武道学研究の遠い起点と言える。

第三に、三木らの中国訪問記録は、20世紀前半の中国武術界(少林系・南拳系・洪家拳・五祖拳など)の状況を日本語で書かれた稀少な同時代記録として、武術史研究全般にとって有益である。

版・入手方法

戦前初版は東京帝国大学唐手研究会の私家版に近く、希少本である。後年の復刻は限定的。


11. 和道流関連 ── 大塚博紀『空手道』とその周辺

大塚博紀(1892–1982)は神道揚心流柔術を出自とし、船越義珍に空手を学んだ後、独自に和道流を創始した人物である。大塚自身が単独で著した戦前の単行本は限定的だが、戦後の『空手道』(鶴書房, 1970)や和道会の機関誌・教本群は、柔術と空手の融合体としての和道流の理念を伝える重要文献である。

海外研究者にとっては、和道流の存在自体が、(a) 空手が単一系統からなる伝統ではなく多源的な近代武道であること、(b) 柔術・剣術との交差の中で空手が再編されていったプロセス、(c) 神道思想と武道修養との関係、を考察するための具体例として重要である。


第3部 戦後の自伝・回想・体系化

戦後の空手は、本土の壊滅的状況からの復興、占領下での武道再開、世界化、競技スポーツ化という大きな変動を経験する。この時期に書かれた一次資料は、戦前の沖縄・本土を生き抜いた師範たちが、自分史と空手史を重ね合わせて語り下ろしたものが多く、空手の近代史を内在的に理解するうえで欠くことのできない位置を占める。

12. 船越義珍『空手道一路』(産業経済新聞社, 1956)

著者背景

船越義珍の自伝。88歳近くで刊行された本書は、船越自身の最後のまとまった著作にあたる。

概要と構成

沖縄での幼少期、糸洲安恒・安里安恒への師事、本土移住の経緯、各大学への指導、戦中・戦後の動乱、息子・船越義豪の戦死、戦後の松濤館再建などを、回想録的な筆致で語る。

海外研究者にとっての価値

本書は英訳版『Karate-Dō: My Way of Life』(講談社インターナショナル, 1975) として広く世界に流通しており、英語圏での船越像、ひいては松濤館像の最大の原典である。しかし日本語原典と英訳の間には、語感・修辞・宗教的含意の微妙な差異があり、その差異自体が翻訳論・受容史研究の対象となる。海外研究者は英訳版だけでなく日本語原典に立ち戻る必要がある。


13. 中山正敏『ベスト空手』全11巻 (講談社インターナショナル, 1977–1989)

著者背景

中山正敏(1913–1987)は日本空手協会 (JKA) の創設・運営の中心人物。船越義珍の直弟子であり、戦後における松濤館空手の世界普及を牽引した。

概要と構成

基本動作、型、組手、応用技法、競技規則を体系的に解説した全11巻の大著。各巻は写真・図解が豊富であり、戦後における松濤館の標準化された技法体系を視覚的に固定した文献である。

海外研究者にとっての価値

第一に、本書は戦後競技空手 (JKA系) の身体技法を国際的に標準化した決定的文献である。20世紀後半以降の世界の空手家の多くが、直接または間接に本書の影響下にある。

第二に、英語版 (Best Karate Series) として講談社インターナショナルから刊行されたことで、空手書の翻訳出版という分野自体を確立した。空手の出版史・翻訳史を考える際の決定的事例である。


14. 大山倍達の著作群 ── 日本語『秘伝極真空手』『わが空手修行』ほか、英語『What is Karate?』『This is Karate』ほか(1958–1990年代)

著者背景

大山倍達(出生名・崔永宜、1923–1994)は朝鮮半島出身で、本土に渡ったのち、船越義珍、山口剛玄(剛柔会)、曹寧柱(So Nei Chu)らの系譜に連なる空手を学び、のちに極真会館を創設した。

概要と構成

大山自身の著作群は、自伝・修行論・実戦論を強く打ち出すスタイルで知られ、日本語と英語の双方におよぶ並行的な出版展開を見せた点で、同時期の他流派にほとんど見られない特異な位置を占める。

日本語による代表的著作には、『ダイナミック空手』(日貿出版社, 1967)、『100万人の空手』(1975)、『秘伝極真空手』(日貿出版社, 1976)、『続・秘伝極真空手』(日貿出版社, 1977)、自伝・修行記として『わが空手修行』(徳間書店, 1975) などがある。なお『地上最強のカラテ』は同名の映画・映像作品として流通するため、本稿では書籍名としては扱わない。

特筆すべきは、大山が日本語による主要な単行本群よりも先に、英語圏向け教本『What is Karate?』(Tokyo-News Co., 1958) を刊行している点である。本書は大山名義の空手書として最初期に位置づけられ、1959年改訂版、1963年改訂新版、1966年の “Completely New Edition”(Japan Publications Trading Co., 176頁)へと改訂を重ねた。初期版については約98頁とする所蔵者記録があるが、最終的には原本奥付・頁付の照合が必要である。少なくとも、1966年版は初期版から内容構成・写真資料・型解説にいたるまで大幅に組み替えられており、単なる増補ではなく、事実上の全面改訂版として扱うべきである

続編にあたる『This is Karate』(Japan Publications, 1965、初版368頁) は上級者向けの大著として刊行され、1973年改訂版、1980年第二改訂版を経て、英語圏における極真空手の標準的参考書となった。さらに英語圏向けには『Vital Karate』(Japan Publications, 1967)、『Advanced Karate』(Japan Publications, 1970、256頁)、『Mas Oyama’s Essential Karate』(Sterling Publishing, 1978、256頁) などの教本・体系書も刊行されている。

海外研究者にとっての価値

第一に、戦後フルコンタクト空手(極真)の自己叙述として、20世紀後半の世界格闘技史を語る際に欠かせない文献である。極真の世界普及(とくに北米・東欧・南米・中東)における言説的基盤となった。

第二に、英語版が日本語主要単行本に先行・並行して刊行された点は、戦後空手の出版史・普及史における特異現象であり、極真が早い段階から世界市場を明示的に志向していたことの文献的証拠である。改訂版間の比較(とくに『What is Karate?』1958・1959・1963・1966の各版間の実質的な書き直し)は、大山倍達という人物・極真空手という流派の自己像の変遷を追跡するための研究素材として、それ自体が学術的価値を持つ。

第三に、大山倍達の自己神話化と歴史記述の絡み合いは、武道言説の批判的研究 (critical hagiography) の絶好の材料である。Cynarski らの東欧・中央欧州における武道学研究は、しばしば大山的言説を批判的に再検討している。

第四に、大山の朝鮮半島出自と日本武道界での位置づけは、戦後日本の多文化的武道空間を理解するうえで重要なテーマである。


15. 山口剛玄『空手道』ほか剛柔会系著作(1960–1980年代)

山口剛玄(1909–1989)は本土剛柔流の中心人物として、宮城長順の本土代理人的位置を担った。山口の著作群は、本土における剛柔流の確立、戦後の世界普及(とくに北米、欧州、南米)の言説的基盤となった。

海外研究者にとっては、(a) 沖縄剛柔流と本土剛柔流(剛柔会)の差異、(b) 山口の「神道」「禅」「気」をめぐる修養論、(c) 戦後における呼吸法・気の概念の再解釈、を一次資料的に観察できる重要文献群である。


16. 沖縄空手側の戦後証言 ── 比嘉世幸、長嶺将真、上地完文・完英、八木明徳らの著作

戦後沖縄に残った系統の師範たちも、それぞれ単行本・回想録・流派教本を残している。とくに次のものは海外研究者にとって必読である。

  • 長嶺将真『沖縄の空手道』 (新人物往来社, 1975) 沖縄松林流の長嶺将真(1907–1997)が、戦後沖縄の視点から空手史を再記述した著作。本土松濤館中心の叙述に対して、沖縄側からの修正的視座を提供する。
  • 長嶺将真『史実と口伝による沖縄の空手・角力名人伝』 (新人物往来社, 1986) 空手史と沖縄相撲史を交差させた珍しい文献。沖縄の身体文化を空手単独で切り取らない視座を提示する。
  • 上地完英『精説沖縄空手道 ― その歴史と技法』 (上地流空手道協会, 1977) 上地流(パンガイヌーン)の上地完文・完英父子の系統を伝える重要文献。中国南部福建省での上地完文の修行を含む系譜を一次資料的に証言する。
  • 八木明徳『沖縄剛柔流空手道』 (1970年代以降の複数版) 沖縄剛柔流(明武舘)の祖・八木明徳による、宮城長順直系の沖縄側剛柔流の体系化文献。

これらの著作は、本土中心の空手史叙述に対する沖縄からの「反論」「補強」「修正」として読まれるべきであり、海外研究者が単一の歴史像に依拠することを防ぐ意味でも必読である。


第4部 武道思想・武道史の古典 ── 空手の周辺を構成する不可欠な文献

空手研究は、武道思想・武道史・身体論の広い文脈に置かれてはじめて学術的厚みを持つ。海外研究者がしばしば見落としやすいのは、空手それ自体ではないが、空手研究の前提として参照されてきた古典群である。

17. 嘉納治五郎の柔道関係著作群

嘉納治五郎(1860–1938)は近代日本武道の制度設計者であり、空手の本土移植も嘉納の協力なしには考えられない。船越義珍の1922年講道館演武、その後の全国普及活動の背景には嘉納の制度的バックアップがある。

海外研究者にとっては、(a) 『精力善用国民体育』や「柔道一斑並其教育上の価値」、および『嘉納治五郎大系』『嘉納治五郎著作集』等に収められた嘉納自身の論考、(b) 嘉納の「精力善用・自他共栄」思想、(c) 近代武道としての段位制・道場制度・国際化戦略、を理解することなしに、空手の近代化を語ることは不可能である。

参考としては、村田直樹編『嘉納治五郎師範に学ぶ』(日本武道館)、寒川恒夫らの嘉納研究なども有益である。


18. 富木謙治の合気道・体育論関連著作

富木謙治(1900–1979)は柔道家・合気道家であり、嘉納治五郎と植芝盛平の双方に学んだ稀有な人物。早稲田大学を拠点に、合気道の競技化・教育化を理論的に検討した。

空手研究者にとっては、柔道・合気道側からの「武道スポーツ化」論を学ぶための古典として、その著作群(『合気道入門:当身技と関節技の合理的練習法』『新合気道テキスト』など)は参照価値が高い。


19. 宮本武蔵『五輪書』および近世武芸書

空手の修養論・思想論は、戦前・戦後を通じて、近世武芸書(『五輪書』『兵法家伝書』『天狗芸術論』『猫の妙術』など)の言説的影響を受けている。船越義珍『空手道一路』にも『五輪書』への言及がある。

海外研究者は、(a) これらの近世武芸書の英訳版(William Scott Wilson, Thomas Cleary らの訳)を通じて間接的に接することが多いが、(b) 日本語原典・主要注釈書(神子侃、渡辺一郎、魚住孝至ら)を参照することで、空手の思想的背景をより精確に理解できる。


第5部 沖縄学・歴史的背景の古典 ── 空手の母胎を理解するために

沖縄空手を空手史の前史なしに理解することはできない。海外研究者が日本史・沖縄史の知識を補強するための古典として、以下を挙げる。

20. 伊波普猷『古琉球』『沖縄歴史物語』ほか

伊波普猷(1876–1947)は「沖縄学の父」と称される歴史学者・言語学者。著作集(平凡社)として戦後にまとめられている。

空手研究にとっての価値は、(a) 琉球王国期の社会構造、(b) 士族(按司・親方)階層の身体教育、(c) 1879年の琉球処分とその文化的影響、を一次史料的記述と批判的考察の双方によって示している点にある。

空手の起源論をめぐる神話(少林寺起源論、按司発祥論、士族秘伝論など)を批判的に吟味するための基礎が、伊波の沖縄学にある。


21. 東恩納寛惇『南島風土記』『黎明期の海外交通史』ほか

東恩納寛惇(1882–1963)は那覇出身の歴史学者。琉球の対外交渉史(中国・朝鮮・薩摩・南方)を実証的に明らかにした。

空手研究にとっては、(a) 琉球と中国福建省・福州との人的・物的交流の実態、(b) 久米三十六姓の文化的役割、(c) 薩摩侵攻(1609年)以後の琉球社会の変動、を一次史料に即して理解するための古典である。

空手の中国伝来説(とくに福州系武術との関係)を歴史的に検証する際の、最も信頼できる出発点である。


22. 比嘉春潮『沖縄の歴史』ほか

比嘉春潮(1883–1977)は沖縄出身の歴史学者・編集者。岩波書店の編集者として活動した経歴を持つ。

比嘉の沖縄史叙述は、戦後の本土読者に対して沖縄を「日本史の中の周辺」ではなく独立した歴史的主体として提示するという編集的姿勢を持っており、空手研究にとっても、沖縄を単なる空手の「発祥地」ではなく独立した文化主体として捉える視座を提供する。


23. 仲原善忠・新里恵二・高良倉吉らによる戦後沖縄史研究の古典

戦後沖縄史研究は、仲原善忠『琉球の歴史』(1952)、新里恵二『沖縄史を考える』(勁草書房, 1970)、高良倉吉『琉球の時代』(筑摩書房, 1980) などへと展開する。これらは厳密には「古典」と「現代研究」の境界に位置するが、空手史を語るうえでの歴史学的基盤として欠かせない。


第6部 戦前・戦中の体育・武道行政文書 ── 制度史としての空手

空手の近代史は、文部省・陸軍・海軍・各種教育機関の公的文書なしには語れない。海外研究者が見落としがちだが、極めて重要な一次資料群である。

24. 大日本武徳会関連資料

大日本武徳会(1895–1946)は明治期に設立された武道統括組織であり、戦前の柔道・剣道・空手の制度的位置づけを決定づけた。京都の武徳殿を中心に、段位授与、教員養成、流派統合を進めた。

空手は1933年に武徳会から正式に「武道」として承認され、これが「唐手→空手」表記統一の制度的背景となる。武徳会機関誌『武徳誌』『大日本武道』掲載の論考や報告は、空手の制度化過程を内在的に観察できる一次資料である。


25. 沖縄県学務課の公式文書

1900年代初頭の沖縄県では、空手(唐手)が学校体育として導入される過程で、複数の公式文書・報告書が作成されている。糸洲安恒「唐手十箇条」(1908) はその代表例であり、空手の近代教育化の宣言文として位置づけられる。


第7部 戦前・戦後の機関誌・雑誌記事

空手史の一次資料は単行本に限られない。以下の雑誌・機関誌掲載の論考は、海外研究者にとって極めて貴重な情報源である。

  • 『沖縄朝日新聞』『琉球新報』『沖縄毎日新聞』など戦前沖縄の地方紙に掲載された空手関連記事。
  • 『武徳誌』『大日本武道』などの戦前武道団体機関誌。
  • 『キング』『現代』『日の出』ほか戦前の総合雑誌に掲載された空手紹介記事。船越義珍や本部朝基らがしばしば寄稿していた。
  • 『月刊空手道』(福昌堂)戦後を代表する空手専門誌。1970年代以降の連載・特集は、戦後空手史の一次資料として高い価値を持つ。
  • 『JKFan』『フルコンタクトKARATE』等の専門誌。

これらの一次資料群は、日本国内の主要図書館・大学図書館・武道団体資料室で閲覧可能だが、デジタル化はまだ途上である。海外研究者にとっては、研究滞在中に集中的に渉猟する以外にアクセスが難しい場合が多い。


おわりに ── 古典を読むということ

以上、海外の空手研究者に向けて、日本国内で形成・蓄積されてきた古典的著作を25項目にわたって紹介してきた。最後に、これらの古典を読むにあたって留意すべき三つの視点を述べておきたい。

第一に、古典は単なる「事実の源泉」ではない。戦前の空手書は、それ自体が当時の沖縄出身師範や本土学生たちが、近代日本という制度的・言説的空間のなかで自らの身体文化をどう翻訳し、どう正当化しようとしたか、という戦略的言説としての性格を持っている。事実関係の確認に古典を用いるだけでは、その豊かな含意の半分も汲み取れない。

第二に、古典は単独で読まれてはならない。船越義珍を読むときには本部朝基と摩文仁賢和を、本土の言説を読むときには沖縄の言説を、男性師範たちの自己叙述を読むときには沖縄学者・歴史家による批判的記述を、つねに並行して参照する必要がある。多声的に読むことなしには、空手の近代を立体的に理解することはできない。

第三に、古典は現代研究と切り離せない。第2稿(最新研究編)で扱う嘉手苅徹の博士論文、草原克豪の通史、外間哲弘の年表、沖縄県の調査報告書、武道学・身体論・スポーツ史の学術論文群は、本稿で挙げた古典を素材として、より厳密で批判的な再構築を試みるものである。海外研究者は、古典と現代研究を往復しながら、自らの研究関心に応じた読解の地図を作っていくことになる。

本稿が、海外の空手研究者にとって、日本語の空手古典という未踏地に分け入るための小さな道しるべとなれば幸いである。


主要参照文献・補助資料

本稿で言及した著作の所在確認・書誌情報については、以下が有益である。

  • 国立国会図書館 (ndl.go.jp): 戦前刊本の多くがデジタルコレクションで閲覧可能。
  • 沖縄県立図書館 (library.pref.okinawa.jp): 沖縄関係資料の最大の集積。
  • 国立沖縄空手会館 資料室: 沖縄空手の一次資料・現代研究の総合的アクセスポイント。
  • CiNii Research (cir.nii.ac.jp): 日本の学術論文検索。
  • J-STAGE (jstage.jst.go.jp): 日本武道学会など主要学会誌の論文を多くオープンアクセスで提供。
  • Hawaii Karate Museum / Charles Goodin Collection: 戦前空手書を含む英語圏最大級のコレクション。
  • IRKRS (International Ryukyu Karate Research Society): Patrick McCarthy らによる主要古典の英訳・研究プロジェクト。

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